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横浜地方裁判所川崎支部 昭和63年(ワ)96号 判決

原告 髙橋信子

原告 髙橋彰

右訴訟代理人弁護士 野田宗典

同 嶋田雅弘

被告 株式会社天元台

右代表者代表取締役 鈴木義雄

右訴訟代理人弁護士 坂東克彦

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告らに対し、各金三三三九万四二七一円を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告髙橋信子は、昭和六二年一二月一八日、後記2のとおりの事故で死亡した訴外髙橋通夫(昭和一〇年八月二八日生、以下、通夫という)の妻、原告髙橋彰は、通夫の長男であり、いずれも通夫の相続人として各二分の一の相続権を有する。

2  昭和六二年一二月一八日、午前九時ころ、通夫は、被告が経営する天元台スキー場(以下、本件スキー場という)において滑走中、別紙図面1の、テニスコート及びゲートボール場のため舗装した部分(同図面1のX点付近)に激突、受傷し、骨盤骨折・右大腿骨骨折の外傷性ショックのため、同日午後五時三四分死亡した(以下、本件事故という)。

3(一)  一般的に、スキー場には、上級者から初心者まで種々のスキー技術の者が来場する。また、初めて本件スキー場に来場する者もあり、ゲレンデの様子は全く判らない者も数多くいる。更に、猛吹雪、濃霧等のために一寸先も見えない気象条件の時もある。従って、スキー場の設置・管理者としては、右事情を考慮し、事故発生がないよう、その安全に十分配慮すべき義務があるというべきである。

(二) 被告経営(管理・占有)の本件スキー場には、別紙図面1のとおり、テニスコート、ゲートボール場設置の際に作られた幅〇・七メートルの無蓋の排水溝がある。

ところで、通夫は、右図面1記載のAロープトゥの下(谷)側から見て左側のゲレンデ(仮にゲレンデでなかったとしても、ゲレンデの様相を十分に呈していた。以下、本件ゲレンデという)を滑降してきたものであるところ、右ゲレンデは、前記排水溝に至る約九・二メートル手前までは、なだらかな勾配であるが、その直前の斜面は約三一度の急勾配であり、本件ゲレンデの上方から右排水溝の存在は全く判らない。なお、本件事故当時、右無蓋の排水溝部分の降雪は流れ溶け、右部分には積雪がなかった。

しかして、被告が、右排水溝を有蓋にしておいたならば、その上に積雪か吹き溜りができ、通夫が本件ゲレンデをそのまま滑降してきたとしても、受傷することなく、右排水溝の上を無難に滑降することができたものというべく、本件事故発生には至らなかった。

(三) 本件事故は、通夫が、右排水溝のゲートボール場、テニスコート側のコンクリート(ないしアスファルト)舗装部分に激突したことにより生じたものである。この様な、積雪によって本件ゲレンデと一体となり、その広い裾野の様相を呈するコンクリート(ないしアスファルト)舗装部分が、しかも急斜面の真下に存在することは、右コンクリート上に積雪があったとしても、同部分の積雪は風のため吹き飛ばされる量が多いということを考慮すれば、同部分の存在は、土の場合と比べ、積雪量、硬度、緩衝性の点でその危険性は大である。

しかして、被告が、スキー場造成後に、本件ゲレンデの一部を削り、右コンクリート(ないしアスファルト)舗装によるゲートボール場、テニスコートを設置しなければ、本件事故は発生しなかった。

(四) 本件スキー場を利用するスキーヤーの中には、本件ゲレンデから確認できない前記排水溝の直前の急勾配の斜面を滑走し、コンクリート舗装に向って滑降してくる者も予想されるのであるから、被告は、本件ゲレンデに進入禁止の措置を執るべきか、または、通夫が落下した前記急斜面の山側の直前に、右場所が危険であることを容易に確知させる表示をすべきであったのに、右措置を執らなかった。

以上のとおり、被告は、通夫の遭遇した本件事故につき、前記のとおりの瑕疵のある本件ゲレンデの管理・占有者ないし本件事故現場であるゲートボール場等の所有者として民法七一七条の工作物責任を、または、前記スキーヤーの危険を招来する瑕疵のある場所を設置ないし放置していた点に過失があるものとして同法七〇九条の不法行為責任を、ないし通夫との本件スキー場利用契約に基づく債務(安全配慮義務)不履行責任を負うものというべきである。

4  通夫は、原告ら一家の主柱として、日産火災海上保険株式会社に勤務し、昭和六二年度の給与収入は金一二七八万〇七九六円であったもので、同人死亡による損害は、次のとおりである。

(一) 逸失利益 金四〇七八万八五四二円

別紙(逸失利益)のとおり

(二) 慰謝料 金二五〇〇万円

(三) 葬儀費用 金一〇〇万円

5  原告らは、右通夫の損害額の各二分の一の相続権を有する。

よって、本件請求に及ぶ。

二  請求原因に対する認否、反論

1  請求原因1の事実は不知。

2  同2の事実にうち、激突した地点は不知、その余は認める。

3  同3につき、

(一) (一)の主張は、一般論としては認める。

(二) (二)の事実のうち、通夫が、その主張のAロープトゥの下側から見て左側である本件ゲレンデを直滑降したこと、本件事故現場に無蓋の排水溝が存在し、それが右ゲレンデ上方から死角になっていることは認め、その余は争う。

右排水溝は、本件事故当時、既に泥で一杯になっていた上、積雪のため排水溝の上部の表面は、その脇の地面と同一平面になっていた。

(三) (三)の事実のうち、本件ゲレンデ下の平面部分はアスファルト舗装されていることは認め、その余は争う。

(四) (四)は争う。

本件事故当時は、小雪であったため、本件スキー場のゲレンデは部分的に滑走に適さない状況にあった。しかして、通夫の滑走した本件ゲレンデも滑走に適さない状態であり、そのため、被告は、当日その部分について雪上車による圧雪をなさず、Aロープトゥも稼動させていなかった。

なお、被告は、シーズン初めの昭和六二年一二月三日、通夫が滑走した本件ゲレンデのうち、Aロープトゥ上部に竹二本一組の二組(赤布付き)、下部に竹二本一組の一組(赤布付き)の竹矢来を組んで、スキーヤーに対し、進入禁止ないし滑走注意を促していたものである。

4  同4、5は争う。

5  被告は、本件ゲレンデを含む本件スキー場の経営者として、スキーヤーの危険防止のための措置を講じていたものであって、本件事故は、通夫の無謀滑走によるものである。すなわち、

(一) 通夫の本件事故当日の行動及び滑走方法をみると、前夜から十分な睡眠をとっていなかったことによる疲労、飲酒等による判断力の減衰からか、滑降コースの選択の誤り(圧雪されていない新雪のコースは、障害物が隠れていて危険が多いにも拘らず、且つ、そのための進入禁止の標識のある本件ゲレンデコースをわざわざ選択)、滑降方法の誤り(本件ゲレンデコース下端の道路の路肩部分は、滑降中でも、かなりの前方から土肌等の露出しているのが容易に目視され、右部分にスキーを乗り上げれば、転倒し怪我をする危険性が高いにも拘らず、漫然と、しかもかなりのスピードで直滑降)があり、つまりは、通夫の本件事故時の滑走は、無謀滑走であったといわざるを得ない。

(二) 一方、被告は、本件事故当時、前記3(四)のとおり、本件ゲレンデへの進入禁止等の標識を必要箇所に設置しているのであるから、スキーヤーの安全確保のため、それ以上の措置を執らなかったとしても、被告の、本件ゲレンデを含む本件スキー場の設置・管理には何等の瑕疵ないし過失はない。けだし、通夫が滑走した本件ゲレンデは、一般のスキーヤーが滑走するようなコースではないことは(圧雪、整備されることがなく、本件事故当時、土肌等が露出していたのであるから、滑走すること自体困難な状態であり、また、仮に、右スロープを安全に滑降し得たとしても、そこからリフト乗り場まで滑走して行くには回り道となり、ゲレンデスキーヤーにとってもメリットはない)、主観的にも客観的にも明白な状況にあったものである。

三  被告の反論に対する認否

反論事実はいずれも否認ないし争う。

通夫が滑走した本件ゲレンデは、圧雪され、一般のスキーヤーも進入、滑走していたもので、通夫が激突、受傷した下方のアスファルト舗装部分は、右ゲレンデと一体をなす広い裾野の様相を呈していたから、滑走中の通夫が、右舗装部分に気付き、崖下に落下する直前で停止することは不可能であった。

なお、本件事故当時、右ゲレンデ下端の地点に、一組の竹矢来が設置されていたことは認めるが、それは、スキーヤーにとっては、その地点を避け、脇を滑走するようにとの趣旨と解されるのが通常である。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1の事実は、《証拠省略》により認められる。

二  同2の事実は、通夫が激突した地点を除き当事者間に争いがない。

三  通夫の右激突地点を含め、請求原因3について判断する。

《証拠省略》を総合すれば、次の事実が認められる。

1  通夫は、戦争中、山形に疎開していたことがあって、スキーを嗜む機会もあり、スキーヤーとしての心得、技術等については、まるきりの初心者ではなかった。

2  通夫は、本件事故当日の前夜遅く、勤務先の日産火災海上保険株式会社のスキー部員らの一行とともに貸切バスで東京を発ち、翌朝午前六時一五分ころ、本件スキー場に近接した天元台ホテルに着いているが、通夫は、右車中でウイスキーを少々飲み、右ホテルに着いてからも部屋でビールを茶飲み茶碗で二杯位飲んだ。

なお、通夫は、今回のスキー旅行の行き先が、かつて自分が戦時中疎開していた山形であるということで、右旅行の一行に加わったという経緯があり、一行の中では最年長であった。

3  本件事故当日、一行は、ホテルで仮眠し、午前七時四五分ころ、ホテルの食堂で朝食を済ませ、一行の世話役であった釘屋浩の指示で、午前八時四五分ころ、ホテル前に集合した。そのころ、同所で既に準備体操をしていた通夫は、全員が集合する前に、同僚の浜本彰雄とともに貸スキー店に行き、スキーと靴を借受けると、浜本を店に置いたまま一人でスケーティングをしながら、次に一行の集合場所と指示されていた別紙図面1の、リフトセンター(しらかばロマンスリフトの出発点)のリフト乗り場に向かった。

4  通夫は、右集合場所に他の一行よりも先に着いたため(通夫を除く他の全員が同所に集合したのは午前九時一〇分ころ)、全員が集合する前に一回滑降しようとしたのか、右しらかばロマンスリフトに乗り、圧雪、整備されているしらかばゲレンデを滑降したが、Aロープトゥ原動機の上方約二八メートル地点で転倒した後、階段登行で約三段位右ゲレンデを登り、Aロープトゥ原動機の右側(上方から見て)から滑降を開始し、右スロープ(本件ゲレンデ)をノンストップの直滑降で滑走したが、右スロープの下端をはずれて、別紙図面1の、段差のある天元台セミナーハウスに通ずる雪道部分を一気に横切り、右雪道路肩から下方の法面をジャンプし、後記5のとおりの落差目測で約六メートルのスカイグラウンドのアスファルト雪面(別紙図面1のX点付近)に転落、転倒、受傷し、本件事故に至った。

5  通夫が滑降を開始したスロープ(本件ゲレンデ)は、別紙図面1、2のとおり、しらかばゲレンデの東側のAロープトゥと、その東側の自然林に挟まれた三角形状のスロープで、右スロープの上端であるAロープトゥ原動機のあるところから、スロープ北側(下端)の前記天元台セミナーハウスに通ずる道路までの距離は約一五三メートル、下端の三角形底辺部の距離は約五五メートル、その範囲のスロープの斜度は約一三~一五度で、平滑な見通しのよい斜面となっている。

ところで、右スロープの北側(下端)の天元台セミナーハウスに通ずる道路は、幅員九・六メートルの、東西に走っている道路であって、右道路の北側の路肩から北側は、斜度四〇度前後、法面九・八メートルの崖になっており、右法面に接続するスカイグラウンドの舗装されたテニスコート等の地面から右路肩までの高さは約六メートルある。

なお、右法面に接続して設置されていた別紙図面1の、幅〇・七メートルの無蓋の排水溝は、本件事故当時、土泥等が堆積した上に積雪のため、右テニスコート等と同一平面をなしていた。

6  本件事故当時、Aロープトゥは、積雪不足のために休止中であり、また、しらかばゲレンデでは、Aロープトゥの西側のゲレンデだけが、雪上車により圧雪、整備され、スキーヤーに解放されていたが、Aロープトゥの東側スロープ(本件ゲレンデ)は、その上端部分(Aロープトゥ原動機の東側の東端付近)を除き(右上端部分は、しゃくなげゲレンデ上部脇にあるレストハウスや関連施設保全のための物資等の運搬用の雪道ないし道路として、圧雪されていた)、スキーシーズンを通じてゲレンデ用に圧雪、整備して使用されるということはなかった。

7  スキーシーズン初めの昭和六二年一二月三日ころの本件ゲレンデの状態は、既に圧雪、整備されていた正式の西側スロープより積雪は少なく、ブッシュや石もかなり出ていて、スキーヤーが滑走できる余地のない地形及び状況であったため、スキーヤーがわざわざ本件ゲレンデに進入することはないとの被告側の判断で、そのころ、Aロープトゥ原動機(上端)の上方に、立ち入り禁止の趣旨でロープを張る等の措置までは執らず、ただ、ロープトゥがそこに設置されているとの注意を促す趣旨で、竹二本一組の二組(赤布付き)の竹矢来が、また、本件ゲレンデの下方には、同年一二月八日ころ、同様趣旨で二本一組の一組の竹矢来が設置された。その後、降雪が少ないこともあって、右竹矢来は二、三度倒れ、それをまた元に戻すという経緯もあったが、本件事故当日の少し前に新雪が降り、ゲレンデの積雪状況は、前記一二月三日ころの状態に戻った。なお、右各竹矢来は、本件事故当日には、当初設置された位置付近にそれぞれ存立していた。

8  本件事故当時は、前夜来の雪も止んで晴れ上がり、絶好のスキー日和であって、視界も良好であったから、通夫の滑降した本件ゲレンデが、ところによってはブッシュや岩や石、地肌等が露出しており、特に、下端のセミナーに至る道路の北側路肩部分の地肌の露出状況が著しいことは、滑走していたスロープ上方からも容易に目視できる状況であった。

なお、通夫は、滑走の際、素通しの眼鏡(近視)をかけていたもので、ゴーグルないしサングラスは使用していなかった。

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

右認定事実によれば、原告主張の本件ゲレンデの上端には、本件事故当時、進入禁止ないし滑走注意を促す明白な標識がなかったものの、他のスキーヤーによる滑走もなされていなかったし、まず、本件ゲレンデの状態が、圧雪されないままブッシュ等もところどころ露出していて、仮に滑走したとしても、スキーを引っ掛けられ転倒する虞が十分にあったものであるから(右ゲレンデの状態は、通夫が滑走を開始した地点及び滑降の中間地点からも容易に認識し得る状況にあったというべきである)、被告において、当日、スキーヤーが、わざわざ右状態のゲレンデに進入し、しかも、右ゲレンデを、必ずしもスピードコントロールの技術が十分とはいえないスキーヤーが、ノンストップの直滑降で滑走し、下端の雪道をも突っ走り、崖状の斜面を飛び越える状態でスカイグラウンドの平面まで滑降するといったことまでも予想し、右のごときスキーヤーの生命身体の安全を確保し、危険の生ずることを防止するため、本件ゲレンデの上端に進入禁止措置を講ずべきであったと要求することは、無理を強いるものといわざるを得ない。

したがって、被告につき、本件事故当時、本件ゲレンデへの進入禁止措置が講じられていなかったとしても、土地の工作物の設置、保存(管理)に瑕疵があった、あるいは、本件事故防止のための注意義務の懈怠があった、あるいは、契約上の安全配慮義務の不履行があったとまでは認めることができない。

結局、本件事故は、通夫が、スキーヤーに要求される、滑り方とスピードを自分のスキー技術とゲレンデの状況や天候に合わせてコントロールすべき義務、障害物や危険箇所に近寄らない義務等を怠り、漫然と本件ゲレンデの上端からノンストップの直滑降で滑走したことにより、自力ではスキーをコントロールすることができなくなり、前方の雪道を突っ走り、崖下のスカイグラウンドのアスファルト舗装の地面に飛び込むような勢いで滑落して本件事故に遭遇するに至ったものと認めるのが相当である。

そうすると、本件事故は、専ら通夫自身の過失によって生じたものといわざるを得ない。

四  以上の次第であるから、原告らの本訴請求は、その余の点につき判断するまでもなく、いずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 根本久 裁判官 八木貴美子 裁判官沼田寛は転官につき署名押印することができない。裁判長裁判官 根本久)

〈以下省略〉

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